手外科とは
「手外科」とは整形外科の中でも上肢の疾患を対象とし、その機能を再建する外科です。手は第2の脳と言われていますが、人類が進化したのは、二足歩行となり自由に使える前足を手に入れたお陰です。それ故、上肢・手の障害は私たちの日常生活に大きな影響を及ぼします。
整形外科は運動器機能外科でありますが、手外科には運動器機能外科の全ての要素が存在しています。すなわち手外科における診断治療には、あらゆる領域の整形外科疾患に対する考え方が必要とされているのです。例えば、「痺れ」という症状一つをとってしても、頚椎病変なのか、末梢神経の問題なのかを判別する知識が要求されるのです。
手外科医としての役目
「痛み」や「痺れ」、「動きが悪い」などの症状でお困りの場合、“使いすぎ”や“加齢”が原因で、「使わないようにした方が良い」と思い込んだり、言われたりしていませんか?
「手を使わない」ようにすることは日常生活において非常に不便を強いられることであり、実際には困難です。
骨折など外傷の治療では、一定期間「手を使わない」ようにすることが必要ですが、それも必要最小限の期間にすべきであり、手指が拘縮(固く動かなくなること)を生じ「手が使えなくなる」ことを避けるため、早期にリハビリを開始します。
また、手外科疾患の中には、「手を使わない」ようにすることが症状を悪化させるような場合もあります。
我々手外科医の仕事は、患者様に「手を使わせないようにする」ことではなく、「痛み無く手が使える」ようになって頂くことが、最大の目標です。
「使うと痛いから使わないようにする」ではなく「痛み無く使えるように積極的に治療をする」ことも重要だと考えます。
手外科専門医とは
- 「手外科専門医」は、整形外科(または形成外科)専門医の中の手外科診断・治療に関するエキスパートです。
- 日本整形外科学会(日本形成外科学会 )に入会し、6年間の研修を受け、整形外科(形成外科)専門医試験に合格しています。
- 日本手外科学会に入会し、5年以上手の外科に関する研修を受け、手の外科専門医試験に合格しています。
手外科の疾患と治療
ばね指(腱鞘炎)
症状
指が曲げ伸ばしにくかったり、動かそうとすると引っ掛かったりします(ばね現象)。痛みを伴う場合と伴わない場合があります。悪化すると曲がったまま全く伸ばせなくなったり、伸びきったまま曲がらなくなることもあります(catching現象)。
男女ともに起こり、更年期・妊娠中・授乳中の女性に多くみられます。
両手のどの手指にも起こりますが、母指(親指)・中指・環指(薬指)に多くみられます。
病態
指を曲げる働きをする屈筋腱の障害です。屈筋腱は滑膜組織に包まれ、指の付け根から指先まで腱鞘というトンネルの中を動いています。滑膜が炎症を生じ、腫れてしまうと、屈筋腱が腱鞘の中を滑走しにくくなり、指の動きが制限されてしまいます。
さらには、腱鞘の入り口(指の付け根)が狭くなり、屈筋腱の太い部分がそこを通過しにくくなると、ばね現象やcatching現象が起こります。
治療
痛みやばね現象のため動かさないでいると、関節の拘縮を来すことがあるので、積極的に治療をするべきです。
炎症による痛みが強くとも、ばね現象がみられない場合は、炎症を抑える効果の強いステロイド剤を腱鞘内に注射します。
痛みは強くなく、ばね現象が強い場合は、腱の通過障害を解消しなければなりません。方法としては二つあります。まずは腱鞘の入り口を広げるようなリハビリを行います。この方法で良くならない場合、残る方法は手術です。局所麻酔下に小さな切開で行い、数分で終わります。
ド・ケルバン腱鞘炎
症状
手関節の橈側(母指側)に、母指の動きに伴う痛みを感じます。
病態
この場所には腱鞘があり、短母指伸筋腱と長母指外転筋腱という母指を伸ばしたり広げたりする腱がその中を動いています。主に使いすぎにより腱鞘が狭窄し、腱の動きが障害され炎症と痛みを生じます。
マッサージの仕事やパソコン作業をする人などに多く、更年期・妊娠中・授乳中の女性にもみられます。
治療
母指を安静(固定や使わないようにすること)にしていれば疼痛を感じることは減りますが、日常生活的には非常に不便ですし、仕事にも制限が生じます。湿布などの外用薬も長期間におよび使用すると、妊娠中・授乳中の女性には安全とは言えません。
即効性があるのはステロイド剤を腱鞘内に注射することです。多くの場合これで軽快しますが、再発を繰り返す場合は、頻回のステロイド注射は腱断裂などの危険が高まるため、手術治療が選択されます。局所麻酔下に日帰り手術で行えます。小さな切開で済むし、再発はありません。
ガングリオン
症状
手のひら指の付け根、手関節背側(手首の甲側)や橈側(母指側)、肘の内側などにできる瘤・腫瘤です。大きさは米粒大からピンポン玉大で、軟らかいもの・硬いものがあります。通常、痛みを伴うことはありませんが、手関節背側に出来ると手をついた時に痛みを生じる場合や、肘の内側にできると神経の麻痺を来すことがあります。皮膚の上からは触れにくい小さいものや深いところにできるものもあります。
病態
関節をくるむ関節包という組織や腱鞘の一部が袋状になり、その中に潤滑液である滑液が溜まったもので、腫瘍ではありません。
治療
自然に消えることもあり、痛みや神経障害などの症状を生じていなければ、放置しておいても心配ありません。コスメティックに気になる場合や、症状がある場合は治療を行います。注射器で内容物を吸引・排出したり、押しつぶす方法もあります。
手関節にできた場合、通常の手摘出術では却って痛みや可動域制限が悪化する上、再発の可能性も高いため、関節鏡視下の処置が推奨されます。
手根管症候群
症状
手のひらから母指・示指・中指・環指橈側までの痺れを生じます。進行すると母指球筋(親指の付け根の筋肉)が萎縮するため、親指に力が入らなくなります。明け方に痺れで目が覚めたり、起床後に痺れが強いことも特徴です。自転車のハンドルを握ったりする動作で痺れが生じることもあります。
更年期や妊娠中・授乳中の女性に多く発症します。男性では手を使った力仕事をする人などにみられます。
病態
上肢の主な神経の一つである正中神経が、手のひらの下にある手根管内で、主に靭帯に圧迫され麻痺を生じてしまいます。手根管というのは靭帯と手根骨で作られるトンネル状の構造をしており、その中に正中神経と指屈筋腱が9本通っています。屈筋腱の滑膜炎でも神経が圧迫され障害を受けます。
治療
筋電図検査計で神経障害の程度を評価し、治療方針を決めます。軽症であれば夜間装具(寝ている間だけサポーターを装着)で改善が得られます。滑膜炎が強い場合は手根管内へステロイド剤を注入します。母指球筋の萎縮を生じている重症例や、痛みと痺れが著しく強い場合は、手術治療が必要です。手術は上肢伝達麻酔(腕1本のみに麻酔をかける方法)下に、日帰りで行えます。手のひらに3cm程の小切開を加え、およそ15分で終了します。
肘部管症候群
症状
肘の内側から小指と環指尺側にかけて痺れや痛み・不快感を生じます。進行すると手の筋肉が痩せてしまい、指を伸ばせなくなったり、閉じたり開いたりできなくなる(かぎ爪/鷲手変形)ので、細かい作業が上手にできなくなります。握力も低下していきます。
病態
肘の内側(肘部管)で、尺骨神経が絞扼されたり伸長されることにより、麻痺を来します。その原因としては、神経を固定している靭帯や筋肉による圧迫、加齢による骨の変形、小児期の変形治癒骨折、スポーツや重労働などが挙げられます。
治療
症状と筋電図検査で神経麻痺の程度を評価しますが、重要なのは進行の早さです。保存的治療と言っても経過を観察するぐらいで、治療らしい治療はないのが現状です。急速に症状が悪化する場合や、麻痺が進行しているケースでは早急に手術治療が必要です。
手術は上肢伝達麻酔下に日帰りで行うことが可能です。手術法は障害の原因により選択されます。術後は約1〜2週間で仕事復帰が可能な場合と、およそ2ヶ月は肘の安静を必要とする場合があります。
野球肘
症状
成長期に起きる肘の投球障害です。投球時の疼痛が、進行すると日常生活動作でも痛みを感じたり、肘の曲げ伸ばしに制限を生じるようになります。
病態
基本的にボールの投げすぎによるものですが、投球動作(フォーム)に問題があり、その矯正が必要な場合が多いのも特徴です。肘の外側で上腕骨の関節軟骨が損傷されるもの、内側で靭帯・骨・軟骨が損傷されるもの、後方で骨・軟骨が損傷されるものと、タイプが分かれます。
治療
痛みを我慢して投球を続けると損傷が進行し、関節の変形や可動域制限を来すため、パフォーマンスが低下します。疼痛がある間は投球を控え、フォームの矯正を行います。肩や股関節などの柔軟性が足りない場合が多く、リハビリが必要です。手術治療が早期復帰に有効なケースもありますが、進行すると軟骨移植などの手術が必要となり、治療には時間が掛かります。早期に治療を開始することが大切です。
テニス肘(上腕骨外側上顆炎)
症状
ものを掴んで持ち上げる動作やタオルを絞る動作などで、肘の外側から手首にかけて痛みが出現します。テニス愛好家に生じやすいのでテニス肘と呼ばれていますが、実際にはテニスをしていなくても、働き盛りの中年層に多くみられます。
病態
上腕骨の外側上顆は、手関節を背屈する筋と指を進展する筋の起始部(腱組織)が付着しています。この腱が骨から少しずつ剥脱してくるために疼痛が生じます。関節内の滑膜ヒダが損傷し、同じような症状を来すことがあります。
治療
まず外用薬や物理治療、ストレッチなどによる疼痛の緩和を図ります。合わせて労作時にはテニス肘用のサポーターを使用し、肘に掛かる負担を軽減します。難治例や労作業が強いられる方では、手術治療を考慮します。伝達麻酔下に日帰り手術で可能です。
TFCC(三角線維軟骨複合体)損傷
症状
手をついたり捻ったりする動作で手関節尺側(小指側)に痛みを生じます。
病態
TFCCとは二つの前腕骨(橈骨と尺骨)で作る関節(遠位橈尺関節)を安定化させている靭帯などの支持組織です。外傷や変性により支持性が失われると遠位橈尺関節の安定性が失われ、疼痛が生じ、前腕の動きも制限されます。
治療
まずはサポーターの使用による保存治療を行います。効果が得られないときは関節鏡視下に損傷部の処置や、陳旧例などでは再建術を行います。
尺骨突き上げ症候群
症状
TFCC損傷と同じように、手をついたり捻ったりする動作で手関節尺側(小指側)に痛みを生じます。
病態
手関節の単純レントゲン写真で観たとき、前腕骨の尺骨の長さが橈骨に比べ長いことが疼痛の原因です。生来、長さの違う人や、橈骨遠位端骨折などにより不均等が生じる場合があります。TFCC損傷や関節軟骨障害の原因となります。
治療
保存治療が無効な場合や再発を繰り返す場合は、尺骨を短くする骨切り術を行います。ほとんどの場合、これで疼痛が消失します。
母指CM関節症
症状
母指付け根の手関節に近いところが出っ張ってきて、ものを摘まんだり掴んだりする時に痛みが出ます。進行すると母指が開きにくくなり、全体が変形してきます。
病態
CM関節は他の指関節より大きな動きをする上、負担の掛かる関節です。使い過ぎや加齢に伴い、関節を支持している靭帯が緩み亜脱臼してくる上、関節軟骨の摩耗が起きやすいのです。
治療
保存的治療が基本です。CM関節を保護する専用のサポーターを装着します。色々なものが出回っていますが、当院で採用しているサポーターは至ってシンプルであり、母指の動きを制限しません。
痛みが強く、仕事や日常生活に障害がある場合には手術治療を行います。術式には数種類あり、患者様のライフスタイルに合わせて選択します。
ヘバーデン結節
症状
指の一番先の関節(DIP関節)が変形し、瘤のように膨らんだり曲がったりして、疼痛や可動域制限を生じます。多くの場合、1本の指だけでなく数本の指に同じような変化がみられますが、自然に痛みが消退して痛みの場所(指)が移動します。水イボのような膨らみ(ミューカスシスト、粘液嚢腫病態)ができることもあります。
病態
本態は変形性関節症ですが、40歳以降の女性に多くみられます。体質や女性ホルモンの問題が指摘されています。
治療
テーピングが効果的です。徐々に進行し、変形の程度には個人差があります。疼痛が強く関節も不安定になり、日常生活に支障を来す場合は、関節固定術を行うことにより、指の機能は向上します。
ブシャール結節
症状
指先から二番目の関節(PIP関節)に変形と疼痛が生じます。関節の曲がりが悪くなるため、ものが握り難くなります。1本の指だけでなく多数指に起こり得ます。
病態
ヘバーデン結節と同じく変形性関節症です。
治療
外用薬やテーピングで疼痛の緩和を図ります。変形が高度で指の動きが悪く日常生活に支障がある場合は、手術治療を行います。人工関節置換術や肋軟骨移植、足趾の関節移植術などの方法があります。
マレット変形(槌指変形)
症状
指先端の関節(DIP関節)が曲がったまま伸ばせなくなった状態です。突き指によるものが多いですが、ポケットの中に指を入れようとして引っかけただけでなることもあります。
病態
2つのタイプがあります。
1.腱性マレット指
伸筋腱断裂によるものです。放置するとPIP関節が過伸展してしまう“スワンネック変形“を来します。
2.骨性マレット指
末節骨の関節内骨折が生じているもので、放置すると関節の脱臼を来します。
治療
1.受傷後間もなければ、装具や副木による固定が原則です。受傷後時間が経過し過ぎている場合、手術による腱縫合を行います。
2.原則、手術による整復固定が必要です。切開は加えず、皮膚の上から細い鋼線を2〜3本刺入する、負担の少ない手術法で済みます。